オラオラの泉

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日本食の起源 本膳料理

平安時代の公家社会で見られた大饗料理をモデルに室町時代に発展した本膳料理というものをなぜか格式高いものではないかと思っていませんか?実は、本膳料理は朝廷や公家、幕府の偉い人たちが楽しんだ料理だが日本料理の原型なんです。つまり「元祖日本料理」なんです。そんな本膳料理とは一体どんなものなのでしょうか?

 

本膳料理の形は名前の通り「本膳」という膳(一人分の食器をのせる台)を中心に、2~6つの膳が置かれるかたちです。本膳料理が発達したのにはやっぱり流派、包丁の登場が関わっていました。包丁家には宮廷・公家の社会では四条流、武家では進土流、大草流がありました。このように流派が分かれることから本膳料理は、膳の大きさ、形、器の大きさ、膳に菜をどんな感じに配置するかなどが違ってくるんです。それぞれの流派の個性が出るとも言えますね。

 

このようにそれぞれの流派の特徴が光る本膳料理ですが、時代がたつにつれてどう展開していったのでしょうか?

本膳料理がだんだんと儀礼を重んじて物事を行う饗宴食になると、本膳料理は単に儀礼のためのみるだけの料理にもなっていきました。つまり、見るだけのものになっていったということです。現に、江戸幕府朝鮮通信使を迎えた記録によると、本膳料理の羽盛にはしぎどり、舟盛には伊勢海老がそれぞれ姿のまま盛り付けられていたそうです。江戸時代後期には本膳料理は各地方に簡単にされて広がって馴染んでいき、婚礼や葬儀の儀礼食として引き継がれていきました。こうした本膳料理はその後、持って帰れるものは重箱に詰めて持って帰って家族で楽しむという風習を生まれました。この時代からテイクアウトのようなことを日本人はやっていたのですね。なので、吸いもの、鉢、丼などが出されるようにもなったんです。

 

いがかでしたか?大饗料理をモデルにした本膳料理は江戸時代には持って帰るという風習をつくるほどに進化したんですね。本膳料理を少しでもわかってもらえたら嬉しいです。

 

この本を参考にしました↓↓